気まぐれ日記 2015年9月

2015年8月はここ

9月1日(火)「雑務から再スタート・・・の風さん」
 早く目が覚めたが、体を休めるために11時まで寝ていた。
 仕事にひと区切りできたので嬉しい。しかし、もう次の仕事が目前に迫っている。なので、なるべく早くパワー全開で頑張らねばならないのだが、無理していた影響か、体調不良である。おまけに外は雨。もう秋雨前線か? 気分的に明るくなれない。
 気分が乗らないときは雑務を処理しながら、エンジンがかかるのを待つ。
 ところが、体調不良で雑務も思うように処理できない。
 日記とはあまり関係ないが、世間で起きていることの感想でも書いておこう。五輪エンブレムのデザイン盗用疑惑問題だ。小説家もクリエイターの一人なので、他人事でない。ここにすべてを語る余裕はないので、一つだけ。
 私は佐野氏の応募デザインに原案があったことに注目する。そして、修正を促されたこと。
 元々そういう応募規定だったのかもしれないが、応募者にとってデザインはきわめて重要なかけがえのない作品のはずだ。オリジナルであればあるほど、他人の意見が入ることによってオリジナル性が失われるのではないか。つまり、今回正式決定したデザインは、既に佐野氏だけの作品ではなく、選考委員含めた合作のデザインになっていると言っていいと思う。
 私の原稿が活字になる前には、出版社、編集者と綿密なやりとりがある。なので、公開された作品は合作である。合作がいやなら自費出版すればよいのであって、どうしても多くの人に読んでもらうためには、商業出版するしかないのだ。だから、出版社、編集者も同じ目的へ向けて、さらにビジネスとしての成功をかけて私に色々な課題を示し、私はその解決策を考える。
 今回のデザインは、公募であり、一種の懸賞だろうが、私の仕事とよく似ている気がする。
 もう一つ、おまけに書いておこう。あのデザイン、見た瞬間、すばらしい、と思った。今でもそう思う。失ったデザインは大きいと思う。
 結局、今日は、だらだらと屋内で雑務をこなし、雨の中、キャメロンで出かけて、買い物などの雑務もしただけで終わった。

9月2日(水)「ビジネス本の執筆再開・・・の風さん」
 終日雨の昨日は休養に近かったが、体調はあまり復活しなかった。
 天気は回復したが、今日も不調。気分も低調。それでも、やらねばならないことがある。
 11月出版予定のビジネス本がそろそろラストスパートになる。原稿の追加を指示されていて、それがけっこうなボリュームがある。
 久々に原稿を見るので、最初から読み始めた。ほとんど忘れていた。やはり最初から読んで正解だ。
 原稿追加だけでなく、気になるところの修正もすることにした。
 昼食後、やはり体力不足のため、書斎でダウン。
 体調が良ければ、根性で筋トレに行くのだが、これではダメ。
 目が覚めたら、もう外は夕闇が降りていた。
 体に少し活を入れるため、徒歩で団地内のポストに投函に行った。途中で猫に2回遭遇した。
 夕食後、やっと元気が出てきたので、今夜は行けるところまで行こう、と決めた。
 結局、午前4時まで頑張ってしまい、就寝は午前4時50分だった。

9月3日(木)「今週2か3度目の徹夜・・・の風さん」
 今朝は、とにかくベッドに横になったものの、まもなくカーテンの外が明るくなってきて、眠りに落ちる(fall aleep)ことができなかった。
 で、8時過ぎに起きてしまった。
 午前中、執筆の続きができたので、キリのいいところまでやって出版社へ送ろうと決意し、第2章まで仕上げ、会社の休憩時間中にメールで送信完了した。
 昼食後、さすがにふらついてきたので(血圧も高い)、リビングのソファで横になった。
 今日は中国で抗日なんとかの式典が催されているが、人権も民主主義もない国が、世界の中で強力なポジションを占めていることに驚嘆せざるを得ない。たまたま国内では山口組の分裂が議論されていて、その存在を否定できないのと同じではないかと思う。
 そんなことを考えながら横になっていても熟睡できるわけないか(笑)。
 夕食はお稲荷さんで、ワイフが油揚げに炊き込みご飯を詰めているの手伝った。お稲荷さんを作ったのは初めてかもしれない。
 某拙作(長編小説)の中でお稲荷さんを食べる場面を書いたが、今年読んだ『守貞謾稿』(江戸時代後期の風俗解説書)によると、拙作の設定した時代にはまだお稲荷さんは普及していなかったらしい。やれやれ。
 再び元気が出てきたので、執筆の続きに取り組んだ。
 また、キリのいいところまでやって出版社へ送ろうと決意し、第3章まで仕上げ、「おはようございます」とメールに書く時刻まで頑張った。
 就寝は午前5時半。

9月4日(金)「りんくうで打ち合わせ・・・の風さん」
 午前11時半起床。睡眠時間は6時間なので、まあまあ。しかし、この時期、こんな乱れた生活をしているとは、とても年金生活者とは思えない。いや、年金生活から自立した生活へステップアップするための、今は、生みの苦しみの段階だとしておこう(かなりコジツケ)。
 ブランチ(トースト1枚)後、少し雑務をしてからキャメロンで出かけた。
 発展いちじるしい「りんくう常滑地区」での打ち合わせに向かった。名古屋でできる打ち合わせをわざわざこの地区へ設定したのは私で、当初、地域の発展ぶりをPRするつもりだったが、勉強不足で、打ち合わせがメインになった。
 海寄りの旧街道とおぼしき道をのんびり走った。やや雲の多い空も、ときおり晴れ間がのぞく。
 3時からホテルのロビーで打ち合わせた。
 これは11月におこなわれるセミナーの打ち合わせで、前回は、名古屋で主催者からの打診がメインだった。
 その後、1ヶ月ほどの間に、日程調整がうまくいって(なにしろ1週間におよぶ研修なのである)、今回は、懸念点のほとんどない形での、具体的な打ち合わせとなった(詳細な内容は、また時期が近付いたら、日記の中でも公開していくつもり)。
 この研修には作家鳴海風として参加するので、期間内に2回おこなわれる講演の内容について、主催者側の希望を聞いた。私の特性をよく研究された中での先方の希望だったので、十分に応えることができそうだ。
 最後に、日曜日にやった講演スライドをMacbookAirで紹介したところ、楽しんでくれた。一つにはこれがベースとなる。
 帰宅し、夕食後、気分転換も兼ねて、最近いただいた名刺の整理をした。
 読書して、いつもの時間帯に就寝した。

9月5日(土)「元同僚の発表会・・・の風さん」
 庭の柿の木の実が少し黄色くなってきた。実が成るのは2回目だが、味が一番の関心事だ。ワイフに言わせると、ちゃんと肥料をやらないと美味しい柿の実はできないのだそうだ。とすれば、期待するのは贅沢というか無茶だろう。
 そのワイフは、今日は実家の家族と競艇に出かけた。近所に競艇の選手がいて、若手の伸び盛りということで、応援しに行ったわけだ。プロの厳しい世界なので、素人の私は何も言えない。
 昨日はビジネス本の見直しがほとんどできなかったので、今日こそは、という思いで、朝から開始した。
 今日も1節増やすアイデアが出たので、それに取り組んでいるうちに、時間切れとなった。
 ワイフと名古屋へ行く用事があるのだ。会社の同僚のタップダンスの発表会で、競艇の応援と似ている面がある。
 キャメロンで家を出、途中で花束を買って、有料道路を突っ走って行った。
 週末の上り車線は非常に混んでいた。観光地に住んでいると、こういう時間帯は不利だ。
 何とか入場時刻に間に合った。行列を眺めると、ほとんど出演者の家族や友人のようだ。場内には、お、会社の元同僚がたくさん来ていた。隣の席も元同僚で、よく知っている元同僚が今年急死した話を聞いてショックを受けた。
 お稽古ごとの発表会ではあるが、入会者の募集を兼ねていて、観客を喜ばせる趣向で満ち溢れていた。
 入会してまだ1年の元同僚だったが、よくここまで、と思うほど上達していた。
 第二部で、ピアノトリオがジャズ演奏をバックでしたが、これはプロだった。
 十分楽しんで、元同僚を激励し、会場を後にした。
 途中で夕食を軽く食べて帰宅し、すぐにビジネス本の執筆の続きを再開した。
 午前1時過ぎに完了した。

9月6日(日)「土砂降り・・・の風さん」
 猛暑が続いていたはずなのに、気候は急変。今日も朝から雨である。しかも、予報によるとかなり降るらしい。
 早起きして(私としては)ワイフを駅まで送り、町内会の防災部員の任務「消火用ポンプ、非常用発電機の維持運転」の時刻まで、ひと仕事しようとしているうちに、雨が激しくなってきた。防災部長にメールで確認すると、来週の防災訓練の後に変更するとのこと。
 ビジネス本の原稿見直しは、いよいよ難しい部分に入ってきた。
 元原稿をにらみながら、まるで小説に取り組んでいるときと同じように、あれこれと思いをめぐらす。
 小説と取り組んでいるときと同じように、と書いたが、会社の仕事も同じだった。難しい課題は、実は解決方法はたくさんある。それらの中から、どのように展開していくか、先を読んで、最適解を見つけるのが大変なのだ。囲碁や将棋、ずばり戦争と同じなのだろう。戦略と戦術の組み合わせを様々検討するのである。
 歴史小説の場合、歴史の事実は変えられないが、登場人物の行動は作家が作る。これが難しいので、登場人物の人生観や人間性、履歴などをしっかり作っておく必要がある。
 午後になっても土砂降り状態が続いた。傘をさして歩きたくない激しさだ。気温も低い。
 夜になって雨はかなり弱まったが、原稿見直しの検討作業は、午前零時過ぎまで続いた。

9月7日(月)「ビジネス本の原稿で難産・・・の風さん」
 デンソーを卒業後も2年間は健保組合に入ることができ(年間費用は高くなるが)、そのお蔭で、常備薬を安く購入することができる。しかし、その特典も今年が最後である。実に36年間もメリットを生かして終了である。こういった年数は、振り返ってみたとき、あまりの長さにいつも驚く。
 ワイフが選定した薬をネットで注文することから朝の仕事は始まった。
 ビジネス本は、あと2節増やす必要がある。昨日のうちに何を増やすか決定したので、あとはその原稿の本文とイラスト案を作成することになるが、簡単なことではない。
 それでも、先週の体調不良がいくらか安定してきたので、何とか頑張れる。
 午前中に1節完了し、昼食後あと1節に取り組んだ。しかし、これがなかなか厄介で、気分転換のために途中で、読みかけの本を2冊、手にすることになった。それでもまだ頭が整理できないので、ビジネス本の原稿のすぐ後ろを見直したりもした。
 こうして、夕食後も頑張って、午前零時過ぎ、やっと完成した。
 残りはあと1章だし、節を増やす必要もないので、明日には完成する。

9月8日(火)「ビジネス本の原稿が一段落・・・の風さん」
 昨日執筆で頑張ったせいか、今朝は寝坊。
 40年前に勉強したリンガフォン米語中級コースの資料を捨てるために、もう一度だけ読んで聴くということをしているが、やっと半分終了した。40年でほとんど進歩していないことを実感しているだけだが、そこで思考は停止している(-_-;)ゞ。
 2匹いる猫のうち、三毛の方の爪を久しぶりに切ってやった。黒猫の方はしょっちゅう切ってやっているが、悪さはおさまらない。
 台風18号の接近のために雨模様だが、午後からひどくなった。筋トレは中止。
 児童書のエージェントから電話があり、既に出してある企画書の別バージョンの相談をした。出版社を限定した作戦である。
 そんなこんなでビジネス本の残りの執筆を急ぐことにした。
 何とか出版社の定時ごろに間に合って、メール添付で送付することができた。自分としては第2稿に相当する。
 あとはゲラが出てくるのを待つだけだが、その後は、イラストの校正と資料を掲載するITベンダーとの交渉が大きな仕事になる。
 玄関の電灯の球が切れた。もう白熱灯の買い置きはない。蛍光灯と替えよう。
 夜は読書を少し(読みかけの3冊)して就寝(午前2時)。

9月9日(水)「名古屋での打ち合わせ・・・の風さん」
 台風18号が各地で大雨を降らしている。当地では昨夜もかなりの雨が降り、何とかピークは去ったと思われた。
 しかし、名鉄沿線で土砂崩れがあったらしく、住居地域は不通になっていた。
 今日は午後名古屋で打ち合わせがあるので、そのための準備を午前中に少しして、昼食抜きで、キャメロンで出かけた。
 途中で道路わきの山ががけ崩れで通行止めになっていた。
 いつものように途中駅から電車に乗ったのだが、ダイヤはかなり乱れていた。
 JMAの中部オフィスには15分遅れで到着した。
 打ち合わせは来月の東京でのセミナーの内容についてである。
 約1時間半でスムーズに終わった。
 帰りは当然行きの逆のパターンだが、住居地域の電車はまだ不通だった。今日は、キャメロンと電車の乗り継ぎパターンしか、名古屋往復はあり得なかった。
 帰りに薬局に寄って買い物をし、帰宅してから、ふと思いついて、リビングの無線LAN周辺の片付けや、切れた門灯の交換をしたりした。
 夕食後は、来月の上京前後のスケジュールを確認し、エクスプレス予約をした。
 雨台風は関東や東北南部に襲いかかっている。
 その後、昨日に続いて、読書を少し(読みかけの3冊)して就寝した(午前2時)。

9月10日(木)「上部消化管は問題なし・・・の風さん」
 7時起床。当地は台風が去って、秋晴れだ。しかし、北関東はまだ猛烈な雨が降っているらしい。
 キャメロンで出かけた。先月の上部消化管内視鏡検査の結果を聞きに行くのが目的だ。
 通勤時間帯だが、有料道路も一般道路も空いていた。自宅から40キロ近いところに病院はある。1時間ちょっとで着いた。
 病院の混雑は普通で(今日は午前中しか診察はない)、1時間半ほどの待ち時間で呼ばれた(ずっと先まで予約は埋まっていたので、
こういう形になった)。写真を見ながら解説を聞いたが、まったく問題ないと言われた。ただし、進行性のがんがあるので、毎年検査を
勧められた。とりあえず健康診断だけは受けるつもりだが。
 昼前にデンソー本社に寄り、かねて約束していた元同僚と会い、昼食を摂りながら近況など情報交換した。
 帰宅したのは4時過ぎで、寝不足だったし、強い日差しの下、運転をしたこともあり、疲れたので1時間半ほど昼寝した。
 北関東では鬼怒川の氾濫が大災害になっていた。15年前の当地の東海豪雨よりも、4年前の東日本大震災をまた思い出してしまった

 留守中に重要な郵便物が届いていて、その対応をした後、また今夜も読書をして就寝した(午前2時)。

9月11日(金)「会社の同窓会・・・の風さん」
 以前のペースに戻すことにして、一日の最初の雑務・部屋の片付けを復活させた。ただし、つらい仕事なので、たとえ紙1枚を捨てることでも続ける。次は、たまっている資料読み。後で後で、と先送りした結果、たまっているので、拾い読みし、重要な記事はスキャナーで読み込んで、スクラップフォルダーへ保管する。その後は、資料は捨てる。
 アクションアイテムがずいぶん増えたので、厄介な案件になりそうなものをチェックした。ある程度、仕事量を見積もっておかないと、徹夜しても完成させられなくなる。
 チェックした結果、予想通り、12月の学会でのキーノート・スピーチ用の予稿作成が大変だと分かった。どのように作成していくかは、明日考えることにして、今日はそれまで。
 しばらく体調不良で筋トレをしていなかったので、ますます体調がおかしくなってきた。明日こそ筋トレに行かねば。
 夕方から電車で出かけた。
 会社員時代のOBや現役の集まりで、エレクトロニクス関連業務を担当した人々だ。一種の同窓会。
 今回は、自宅から遠い場所で開催された。片道の電車賃が1150円である。
 二時間ほどの飲み会だったが、話は尽きない。過去の話だけでなく、現在そして将来の話が、公私まじえて交わされるからだ。
 珍しく生中を3杯も飲んでしまったので、酩酊した。
 帰りの電車は、2回乗り換えで、最後しか座れなかったので、少々まいった。
 帰宅して、リビングのソファでダウンしてしまった。やれやれ。

9月12日(土)「久しぶりに筋トレ・・・の風さん」
 昨夜はベッドに入ったものの、生活のリズムが崩れた影響で、熟睡できなかった。おまけに、しばらく筋トレをしていないので、足がだるい。そんなこんなで、不調のまま起床。
 アイフォンを手に入れてから、ついラインゲームをインストールし、今でもはまってしまっている。新しいゲームはインストールしてもほとんどやらず、昔からのゲームを継続してやっていて、どこまでレベルが上がるのか、確かめようとしている。たとえば、ラインバブルというのがある。もうランキングに名を連ねているのは、私一人だ。だから毎週トップ。今朝、ペットの召喚をしたら、とうとう最高ランクのペットが手に入った。あとは、これのレベルを10まで上げることが次の目標になる。
 今日も朝から雑務に取り組んで、昼食後、久しぶりの筋トレに出かけた。
 天気は快晴。土曜日ということで、体育館は混んでいた。体調不良なので、メニューを慎重に選んで、1時間ほどこなした。今日は高齢の男性と若い女性がいた。男性は完全に白髪だったが、肌の色つやが良かった。女性は、見事なほど体が柔らかった。どちらも人類の分布の外れにいる人だろう。
 帰宅して、すっかり疲れてしまった私はまた書斎でダウンした。
 夕食後、ようやく作家の仕事を開始したが、明日の朝が早いので、早めに就寝した。が、ベッドで今年32冊目を読了した。20年前に知人からもらった貴重な本である。長男が面白がる内容の本だと思った。

9月13日(日)「長沢ゼミケース発表会・・・の風さん」
 朝から町内会の防災訓練があるので、早起きした。地域の(防災無線)放送が流れたが、音は聞こえても何を喋っているのか分からない。老化すると聴覚の分解能も低下しているのだろう。しかし、聞き分けられないと腹が立つ。英語のヒアリングと同じだ。
 組長として、近所を回って「無事です」カードの掲示状況を把握してから、1次避難場所へ行って報告。
 いったん帰宅してから、今度は集会所で、担架や三角巾の使い方(これは勉強になった)、AEDの使い方(会社で経験済み)の講習を受けた。月に一度の非常用電源やポンプの作動確認は、自主防災隊の方たちがさっさと完了させていたので、今日はやることがなかった。
 予定より30分以上早く帰宅でき、少し雑用をしてから、昼食にインスタントラーメンを食べ、電車で名古屋へ向かった。
 家族は、今日はワイフの実家と合同の昼食会に出かけて留守。
 今日の名古屋は半年に一度の長沢ゼミの卒業ケース発表会だ。会を重ねるごとに活発になり、今では他のゼミはもちろん、大阪校や東京からも参加がある。もちろんOBの参加も多い(今日は30人くらい?)。しかも今日は、オープンして日も浅い、丸の内タワー(新キャンパス)が会場だった。立派な施設である。グローバル時代なので、世界に出ても臆することがないように、豪華にできている。
 退社して、さらに社会人になった気で勉強しているので、かなり世の中のことに詳しくなっていると自負している私でも、このケース発表会では勉強することばかりだ。そして、若い人たちの元気の良さを感じるのは気持ちがよい。
 懇親会にも出席して、今日もけっこう酔っ払ったが、充実した時間を過ごした気がした。
 帰宅して、長女が作ったチョコレーズンケーキとスイートポテトをデザートに食べた。ついでに、お土産の大福も。食べ過ぎだ(笑)。

9月14日(月)「見直し企画書がほぼ完成・・・の風さん」
 昨夜泊まった長女を駅まで送ったついでにJAとJPに寄ってきた。こんなことでもけっこう体力を消耗するから、情けない。
 近々また次女がドイツへ出かけるので、いない半月間に旅行する計画をワイフに提案してみた。
 やはりワイフのスケジュールは過密状態で、余裕のある時間がとれない。そこで、会社の保養所を利用する「のんびり旅」を選択した。保養所もウィークエンドは満室状態だったが、狙った保養所の狙った平日が1室だけ空いていた。ラッキー。
 だんだん体調も戻りつつあり、今日は、児童文学の企画の見直し版作成に集中した。出版社を意識した内容にカスタマイズしたのだ。
 午前1時過ぎにほぼできた。明日の朝、再チェックして送ろうと思う。

9月15日(火)「今日は何の日?・・・の風さん」
 ワイフのアクアをその日最初に運転すると、今日は何の日かナビが喋る。今日は老人の日だと喋ったよ、と駅へ送るとき話したら、昔は9月15日が敬老の日で、ハッピーマンデーの原則で来週の月曜日、21日に移動したのだという。
 34年間も週休二日制の企業で働き続けていると(夢中で)、世事に疎くなる(言い訳)。
 退社して年金生活に入った私は、俗に言う「毎日が日曜日」なので、依然として国民のカレンダーの実感がわかない。
 テレビも観ない習慣が継続しているので、このまま浮世離れした状態で人生を終えるのだろうか。
 今日は上天気で、筋トレに行くには絶好の日だが、イマイチ元気が戻っていないのと、12月の講演の予稿が気になっているので、やめることにした。
 午前中に昨夜書き上げた企画書を、少し手直ししてエージェントへ送った。昼過ぎに返信があり、これでOKとのことだったので、仕事に弾みがついた。
 色々なことを間にはさみながら、予稿の下書きが就寝前に完成した。24日までに完成させるつもりなので、いちおうスタートは切れた。明日は、11月のセミナーで2回講演する内容を作成するつもり。こちらは18日が締め切りだから、急がねばならない。

9月16日(水)「小雨の中、筋トレ・・・の風さん」
 昨日の秋晴れから一転して小雨模様。
 いつもの雑務からスタートした。
 昼食(と言っても終わるのはたいてい2時ころ)まで順調に進み、雨も小降りだったので、思い切って筋トレに出かけた。
 体調に合わせてメニューを変更した。ただし、時間が短くなった分、セット数を増やして調整した。
 予定通り、11月のセミナーの2回講演のテーマと概要を作成できたので、事務局へ送付した。
 仕事をしながら途中で遊んでもいるが、数日に分けて、GYAO!で『四谷怪談』を観た。長谷川一夫主演の時代がかった作品だ。話の展開は人間を見据えた基本通りで勉強になった。それにしてもお岩さんの美しいこと。
 明日は12月講演の予稿の下書きをほぼ完成させるつもり。

9月17日(木)「急きょ、明日の臨時講義の準備・・・の風さん」
 今日も朝から雨、しかも昨日よりしっかり降っている。
 明日の生産技術マネジメント研究会の企業視察が中止になってしまったので、受講生の失望を少しでも軽くしようと思い、事務局に臨時の講義をすることを提案して了承された。
 昨年の生産技術マネジメント研究会でも、正規スケジュールの1回の他に2回講演をした。今年も正規スケジュールでは来年の1月に講演をし、それは昨年の講演とは違う内容にするので、明日の臨時講義では、昨年の正規スケジュールの内容を話すことにした。
 タイトルは「グローバル時代のものづくりにおける マーケティング思考の重要性」である。本名での講演記録はこのHPにはまだ記録していないので、当分は公開されない。
 昨年やったとはいえ、1年も経過すると世の中は激しく変化している。アップデートするのに、夕方までかかった。
 そしれ、そのアップデートが終わったころ、福島から兄夫婦が到着した。墓参のためである。
 キムチ鍋をビールを飲みながら食べ、デザートも食べ、腹いっぱいになったころ、兄夫婦はセントレアのホテルへ向かった。
 墓参は明日だが、わたしは生産技術マネジメント研究会があるので、ワイフが同行し、その後、近隣を案内する。
 明日の準備はできたが、12月のキーノート講演の予稿を作らなければならない。
 1時過ぎまで頑張ったが、明日の朝は早いので、そこでストップ。

9月18日(金)「予稿の作成が続く・・・の風さん」
 早起きして、電車で名古屋へ(兄夫婦とワイフは、今日は墓参)。
 JMAのオフィスに着いたらもうほとんどのメンバーが席に着いて、私の講義を待っている状態だった。
 予定通りに9時から臨時講義を開始した。
 スライドは60枚ほどだが、多少脱線しながら話を進めたので、1時間半以上かかった。
 私流のマーケティングの話は、かなりショックを与えたと思う。日ごろ、こんなことほとんど考えていなかっただろうから。
 しかし、グローバル時代の生産技術者には、こういったものの見方考え方を身につけてほしい。私の想いである。
 その後、昼食をはさんでチームミーティングが続いたが、昼休み時間を利用して、明日の近鉄特急券を買いに出かけた。
 5人分買うのだが、まさかそんなに高いとは思わず、値段を聞いてびっくり。現金が足りない(今朝、マナカに1万円チャージしたのが痛かった)。止むを得ず、別の窓口でカードで購入した。恥ずかしかったし、駅員に申し訳なかった。
 帰宅し、夕食後、予稿作成の続きをした。必要な画像データをほぼ揃えることができた。本格的な原稿になりそうだ。
 明日も朝が早いので、さっさと就寝。

9月19日(土)「色々初体験・・・の風さん」
 雲一つない青空の下、ワイフと歩いて駅まで行き、名古屋へ。セントレアから来た兄夫婦と名古屋在住の長女と合流し、近鉄名古屋駅へ。9時10分発の特急に乗って鳥羽へ向かった。
 のぞみなら東京に着いてしまう時間をかけて、やっと鳥羽に着いた。兄の希望で鳥羽水族館を見学に来たのだ。
 自宅からだと3時間かかったことになる。これだけ遠いと、いくら子供が3人いた私でも、ここまで来たことはない。実は直線で結ぶとすごく近いのだが、まだ水陸両用車とか空飛ぶ円盤とかの家庭用が実用化されていないのでこんなに不便なのだ。
 とにかく楽しむために、事前に勉強はしていなかった。
 小島が点在する海に面したロケーションもなかなか良かった。いかにも遠くに来た感じがした。
 11時に入館し、案内パンフを見てみると、1時間ごとに何らかのイベントやショーがあった。滞在中に全部見ることにした。
 アシカショーは初めて見た気がする。イルカショーと似ているが、海外の圧力でイルカの入手が難しくなった現在、アシカでショーをしているのはメリットだと思った。ペンギンの散歩は地元ビーチランドでもやっているそうだが、なかなか面白い。2チームの各十数羽が行進した後には、鳥類特有の排せつ物が残り、係員がせっせと雑巾で拭いていた。
 昼食後、ラッコの食事風景を見たが、実によく飼いならされていて、係員とのやりとりが可愛い。トドとアシカの食事風景も同様。
 兄が期待していた「すなどり猫」は2匹とも木の上で寝ていたが、ビデオに魚を獲る様子が出ていた。同じ場所にドクターフィッシュの幼魚と触れ合う生け簀が用意されていて、子どもらの大人気。手を入れると、メダカみたいなやつがたくさん寄ってきて、皮膚に吸い付き、くすぐったい。つまり、ここは水族館ではあるが、楽しませることを第一に考えているのだ。
 セイウチのパフォーマンス笑(ショー)というのもあって、笑えた。
 気分が乗った私は生まれて初めてガチャをやって、カメ吉をゲットした。
 名古屋で夕食を摂って、兄夫婦や長女を別れた。
 帰宅したら、玄関にカマキリがいて、補虫網でつかまえて外へ逃がしたが、すぐに玄関ドアに向かって突進してきた。どうも我が家は虫に好かれているらしい。
 就寝前に少しだけ予稿の準備もした。

9月20日(日)「お疲れで昼寝・・・の風さん」
 今日も快晴である。
 久しぶりに雑務処理から1日が始まった。書斎の片付けをし、たまった資料を読んで、重要記事をPDFにして保存……。
 昼食までそんな感じで順調だったが、リビングのソファで横になったのが運の尽き。夕方まで寝てしまった。疲労がたまっていたのだろう。ここ数日、血圧も異常に高く、体調はあまり良くないようだ。
 夕食後からやっと予稿に着手。本文を書いているといくらでも書きたくなる。セーブするのがひと苦労だ。
 明日は朝から予稿に取りかからないと、予定した期日までに下書きができないな。下書きができたら日大工学部SSLで査読チェックしてもらうつもりなのだが(それほど真剣に取り組み始めたということ)。
 一方、『角倉一族とその時代』の中の担当原稿の一部を、英語の論文化して海外へ投稿する件について上野先生に相談したところ、ご指導してくださるとのことで、こちらもスタートを切るつもりだ。

9月21日(月)「今日は予稿作成に集中・・・の風さん」
 東京駅開業100周年の記念Suicaが届いた。今回の前にも、東京駅の改修工事が終わった記念のSuicaの売り出しがあって、あの時は買いそびれたので悔しかった思い出がある。今回はそのリベンジと思ったのだが、それほど素晴らしいデザインではないな。そもそもSuicaのデザインのバラエティがないのがいけないのだ。
 12月の講演は何かというと、SI2015NAGOYA(第16回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会)のことである。
 ここで15日(火)にキーノート講演をすることになっている。予稿が必要なことは後からわかった。しかも、論文と同様に、投稿規定があってネットからアップロードする。
 講演時間が私にしては短い30分程度しかないため、いつものレジュメでは不十分なので、学会発表のときと同様に、しっかりした予稿原稿を書くことにした。
 昨日までにだいたいの作戦はできたので、今日は朝から取り組むつもりだったが、結局、実質昼からの取り組みとなった。
 途中で何度もコーヒーを飲むといった余裕はなく、久しぶりに集中した。
 午前1時過ぎまで頑張ったが、残念ながら完成しなかった。

9月22日(火)「予稿が一段落・・・の風さん」
 今日も快晴で気分がよい(体調はそれほどでもないが)。
 たっぷり睡眠もとったので、ルーチンの雑用から片付けて行く。
 昼前に予稿作成の続きに取り掛かった。昼食を遅らせて一気に最後まで到達した。学会事務局への投稿アップロードの締め切りは25日だが、予定通り、日大工学部SSLへ査読チェックのために予稿データを送信した。
 久しぶりの開放感を味わったので、夕方からGYAOで無料の映画を観た。「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」だが、これが実に面白い。全体の構成がしっかりできていて矛盾がないのだ。砂漠と軍艦という組み合わせがポイントだ。
 夕食後、これも予定通りだが、某出版社向けの企画書作成に着手した。これは少しずつ仕上げて来週始めに、知り合いの編集者に見てもらった後、上の方へ自分で売り込むつもり。
 就寝前に時代小説の短編を1本読んだ。面白かった。

9月23日(水)「来週から再来週の準備・・・の風さん」
 一番の難関だった予稿がだいたい出来たので、次の重要課題は、来週から始まる非常勤講義と再来週のセミナーの準備である。それらの準備をしながら、既に着手している本の企画書(案)を、来週明けには送付したい。
 今日は先ず、非常勤講義の準備を始めた。昨年よりも3回担当回数を増やすので、全体構成の見直しからだ。色々と考えたが、美しい姿よりも、昨年講義したものを最初にやって、増やした3回は最後に講義することにした。こうすると、課題レポートも昨年のものが使えるからだ。講義してすぐ課題レポートに取り組んでもらえば、後期の講義期間中に受領して評価もできる。
 今日もまずまずの天気だったので、筋トレに出かけた。
 娑婆は今日まで連休なので、いつもの週末のように混んでいるかと思ったら、トレーニングルームは、普通と同じだった。前回と同様に、体調と相談して決めた、メニューをこなした。
 夕食後は、再来週のセミナーの準備に取り組んだ。こちらも全体構成からだ。正味6時間のセミナーなので、タイムスケジュールを考えなければならない。基本的に、一方的な講義ではなく、受講者同士の意見交換により、豊富な情報を得、多くの気付きを持ち帰ってもらうのである。講師の私も新たな発見が楽しみだ。

9月24日(木)「筋トレの効果?・・・の風さん」
 朝から小雨が降っている。昨日のうちに筋トレに行っておいてよかった。もっとも今日は病院での精密検査を予約してあったのだが、突然の体調不良で予約をキャンセルをしていた。次の予定は、来月、病院で診察を受けて医師と相談するつもりだ。
 しかし、昨日の筋トレの効果が出ていないなあ。ちっとも体が痛くない。歳か(笑)。
 予稿をさらにリファインした後、どうにも眠くて(寝不足ではないのに)、午後は昼寝。
 なーんだ。昨日の筋トレの効果は、疲労として出ただけか。
 昨日やらなかった企画書の続きに手をつけたら、調子が出てきた。
 深夜までかかって、ほとんど書き上げてしまった。来週明けには出せるな。
 夜中、雨が強くなった。

9月25日(金)「外回りで半日が過ぎた・・・の風さん」
 昨日に続いて外は小雨模様。しかし今日は、一気に外の用事を片付ける予定。
 ワイフそして次女と続けて(アクアで)駅まで送ってから、キャメロンで出動。
 JAへ行き、UFJへ行き、薬局に寄ってレジに向かったところで、財布を忘れてきたことに気が付いた。現金が問題なのではなく、中のカード類が必要なのだ。100円ショップに寄ってから、いったん帰宅。
 昼食を摂ってまた出動。
 家電量販店へ行き、スーパーへ行き、GSでセルフ給油し、最後のホームセンターへ行った。
 ホームセンターで、買い物ついでに腕時計の電池を外してほしいとお願いした。昨年ドイツへ行く前に、久しぶりに電池を入れた腕時計が、この間電池切れになって止まったので、また電池を外しておくのである。やはり電池は1年もたなかった。それより、あの時は、自分の腕時計(ソーラー、電波時計)が世界対応ではないと思い込んでいたために、わざわざ古い腕時計を引っ張り出して復活させたのだ。ボケ老人はこういうヘマが多い。
 時計売り場では、日本人ばなれした風貌の女性店員が、私の腕時計をチェックして、「5気圧防水なので、ここで開くと壊してしまう恐れがあって、対応できません」という。「いや、あちこちでやってもらっているよ」と言ったが、「申し訳ありませんができません。でも、お客様が自分でなさるのなら、お手伝いします」とのことで、喜んで自分でやることにした。前から一度自分の腕時計の裏蓋を開けてみたかったのだ。
 専用の治具を貸してくれて、小さな溝に差し込むと、パカッと開いた。感動の一瞬。小さなボタン電池が入っていた。そいつを小さなドライバーで突き出して、簡単に目的を達成した(実は、この店に入ったときから、JINSのシニアグラスをかけていた)。裏蓋の戻し方も教えてもらった通りに、リューズの部品と干渉しない角度ではめ込んで、反対側を押すとパチッとはまった。
 ファンタスティックな体験ができた。
 帰宅したらもう夕方だった(笑)。再来週のセミナーの準備を始めたが、けっこうなボリュームがある。
 明日は早朝から町内会の草取りなので、そろそろ店じまいしなければ、と思っていたところへ、階下からワイフが幽霊のように現れた。
「ペコが見つけたのよ〜」と言いながら、透明なビニール袋に入った黒い物体を見せつけた。巨大なゴキだった。
 壁の上の方にいた敵にゴキジェットを噴射したら、例によって向かってきたという。ああ、恐ろしい。
 夢に見ないことを祈りつつ、さっさと寝た。

9月26日(土)「今年度最後の草取り・・・の風さん」
 5時半に目覚ましで起床。外は……降っていない。昨日の朝刊では今日の天気予報は降水確率50%だった。その願いもむなしく、今日は雨が降る気配がない。
 6時半に集会所に行き、町内会の草取りの説明を聞き、道具を借りて、持ち場へ移動。
 そう。今日は、今年度最後の草取りなのである。
 多忙な人や体調不良の人が多いらしく(だんだんこうなるのだ)、集会所に集まった人は少なかった。
 持ち場へ行くと、既に土地の所有者やボランティアの人が草刈りをしてあり、隣の持ち場の草取りに向かった。もっとも、朝一番から持ち場にやってきたのは私と老婆の二人だけだった。
 隣の持ち場も、始めているのはまだ一人である。
 最も遠いところまで歩いて行って(途中でイタチの死骸を発見。体調30センチほどのやつで、クルマにはねられたらしい)、草刈りを始めた。曇り空で涼しかったが、やがて雲の合間から日が差すようになった。その頃には、遅くなって参加してきた人たちが増え、作業ははかどった。大汗をかいているうちに草取りが終わった。
 用具を集会所に返して、帰宅してシャワーを浴びた。着ていたものはすべて洗濯かごに入れた。
 午前中の雑務を終えて、12時から1時間半だけ仮眠した。
 今日は出版企画書の仕上げをした後、再来週のセミナーの準備の続きをやったが、疲労がとれず、イマイチはかどらない。
 夕食後、ワイフに提案して、iPadminiを使って、ネットの映画を観た。ディズニーシーでよく乗る「センターオブジアース」だ。あのアトラクションの原点が何だったのか、ようやく理解した。
 今夜も早めに就寝した。

9月27日(日)「とりあえず出版企画書は仕上げたが・・・の風さん」
 3つの仕事が集中している。しかし、先ずはいつものペースで朝から行動した。リンガフォンのテープも聴いたし、部屋の片付けもした。
 ところが、昼食前に、早くもパワーダウンしてしまった。昨日の草取りの疲労がとれていないのだ。
 リビングで1時間半仮眠した。
 昼食後、体がシャキッとするまで時間がかかった。
 そこで、3つの仕事のうち、出版企画書の最後の仕上げをしてしまうことにした。これに集中して、やっと終わったらもう夕方だった。メール送信もした。
 ここからは、セミナーの準備(講義スライドとテキスト用原稿の作成)1本にすることにした。
 夕食後も、その続きをやったが、昼の仮眠の効果と焦りとで眠気が襲ってこない。
 そのまま、徹夜態勢になった。

9月28日(月)「まさかの2日連続徹夜態勢・・・の風さん」
 来月62歳になるというのに、まだこんな受験生みたいな生活をしている。苦笑しているうちに夜が明けた。
 結局できなかったが、残りの仕事量がだいたい分かったので、いつ頃データを送れそうか、明記して事務局へメール送信した。
 シャワーを浴びて、ベッドに倒れ込んだのは、午前8時だった。
 みごとに熟睡して(当たり前だろう)起床は午後1時。
 血圧を測ってみたら、久しぶりに低い。日中ということもあるが、何となく気持ちにゆとりができた。
 トーストとミルクの食事を摂ってから、早々に作業の続きに取り掛かった。いつもの雑務をやる余裕はまったくない。
 今朝未明に超低効率の仕事になっていたのは、データからグラフを作成したいたからだ。完璧ではないが、その続きをやっていると、またはまってしまうので、先を急いだ。
 しかし、思った以上に時間がかかる。やはりテキストを作るというのは、気を遣う。配布するので、講義スライドのように、見せるだけという(セキュリティも著作権もとりあえず棚上げの)資料作成とはわけが違うからだ。欧米のように、文字だけにすればそれで十分なのだろうが(むしろ作家である私はその方が良いのかもしれないが)、凝り性で完璧主義のため自分で自分をだませない。
 夕食が午後9時近くなったのは、ある意味ラッキーだった。
 また、昨夜と同じ徹夜態勢になっていた(気分的に)。

9月29日(火)「テキストは完成・・・の風さん」
 午前6時に、事務局へデータを送ることができた。やれやれ、である。
 明朝ドイツへ出発するのに、まだ荷物の準備ができていない次女を駅まで送った。今回のドイツ行きでは、大学から合計12人が参加する。先生を除くと、次女が最上級生だし、半年前までドイツにいたので、世話役ということになる。責任重大だろう。その世話役が、自分の準備ができていないのだ。
 帰宅して、今朝は7時にベッドに倒れ込んだ。
 起床したのは11時20分である。
 今朝のメールに返信があり、それに対応して、送信したテキストを改訂したものを再送した。
 午後1時過ぎにワイフと買い物に出かけた。途中でランチし、買い物後、銀行にも寄って帰宅したのは、午後5時近かった。
 次女はまだ帰ってこない。
 結局、次女が帰宅したのは午後8時で、夕食後、ようやく荷造りを始めた。とてもすぐ終わる状況ではない。
 私は明日の非常勤講義の準備をした。この間、少し手をつけてあったので、方針は固まっていた。それでも、完了しなかったので、残りは明朝だ。
 次女とバッティングしないように、早めに風呂場を使い、少し読書して寝たが、午前1時近かった。

9月30日(水)「後期最初の講義・・・の風さん」
 目覚ましで5時15分起床。
 階下へ降りると、次女がまだ荷造りをしていた。やっぱり、という感じ。
 予定よりもだいぶ遅く、6時半にワイフと一緒に次女をセントレアへ送って行った。今回は大学の行事で団体旅行に近いので、送迎ポイントでおろした。こういう場面でもワイフは母親として熱い想いがある。名残り惜しそうだ。
 帰宅して今度はワイフを最寄りの駅まで送った。月に1回のトールペインティング協会の会議があるのだ。
 私も結局ギリギリの生活をしているわけだが、今日の非常勤講義の準備の残りをして、10時少し前に家を出た。
 JAに寄ってから、いつものパーキングにキャメロンを置き、名鉄に乗った。
 さすがに睡眠不足で、頭がボーッとしている。往復の車中は仮眠だな。
 地下鉄に乗り換えて本山に着き、学生時代から利用している食堂でランチし、キャンパスに顔を出した。
 講師控室に置いてある朝日新聞を見て、自宅で読んでいる中日新聞と比較する。近年は中日の方が朝日より完全に左寄りだ。
 後期最初の講義にはたして学生が来てくれるか不安だったが(前期わたしが頑張ったので、学生の間では厄介な講師と思われた恐れがあったから)、何とか最低限の学生は確保できたようだ。せめて後期は学生にサービスしよう。
 来た時と逆パターンで戻り、再びキャメロンのハンドルを握った。
 往復の車中で仮眠したので、元気が戻っている。
 明日から雨との予報もあるが、近場へ旅行するので、GSでキャメロンの自動洗車をした。
 久しぶりに読書をして、今年34冊目を読了した。
 就寝前に、田村先生へ今日の講義結果をメールで報告した。

2015年10月はここ

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